Posts Tagged ‘JR福知山線脱線事故’

安全運転は新事業の敵 2

木曜日, 2月 18th, 2021

昨日の「安全運転は新事業の敵」では2005年4月に起きた福知山線脱線事故前後のJR西日本の経営理念の変化を紹介しました。新制JRとなって経営理念から「安全」の文字が消えたという話です。

そして、ブログ記事のタイトル「安全運転は新事業の敵」は 『「バカな」と「なるほど 」 』(吉原英樹 PHP研究所 2014年 1300円+税) の第2部第5章のタイトルなのですが、その内容を簡単に紹介すると以下のようです。

国鉄時代の特徴は、第一に安全運転、第二にセールスなし、サービス精神なし、第三に男の世界、第四に暗いというものであったが、新制JRとして発展するためには、そのような特徴をもたない非国鉄的な人が主流とならねばならない、そのようなことが書かれています。

この本の出版年が2014年とありますが、これは復刊した年であって初版は1988年です。そしてJR西日本が誕生したのがその前年1987年4月です。 福知山線脱線事故が起きた2015年には国鉄時代の特徴が薄れていたのでしょうか。

 

 

 

 

皆様の励ましのクリック 本当にありがとうございます。
↓ ↓ ↓

現在は北海道のカテゴリで12位前後です。

(環境によりバナーアイコンが表示されないケースもあります。そのさいはhttp://blog.with2.net/link.php?737084をクリック願います。
会社や家庭から上記のバナーを一日に一度クリックすることでポイントが
カウントされてます。 ポイントの反映には30分~1時間ほどかかります。

 

JR西日本の常識と世間の常識の差

日曜日, 10月 18th, 2009

 JR福知山線脱線事故の報告書漏洩問題で漏洩に関わったJR西日本の山崎前社長と土谷副社長が佐々木社長に進退伺を提出したとのニュースがありました。

 なぜ「辞表」ではなく「進退伺」なんでしょう。また、佐々木社長は「進退伺」を受け取った後はどうするんでしょう。

 福知山線の事故が2005年4月。
 山崎前社長が子会社から安全担当副社長として就任したのが同年6月。
 翌年2006年2月に前任の垣内社長が事故の責任を取り辞任したのに伴い社長就任。
 2009年7月、脱線事故の業務上過失致死傷罪で在宅起訴を受け、社長を辞任(取締役には残る)
 こんな経緯です。

 事故が起きた後、安全対策のために子会社から副社長に戻ってきた、事故防止・安全に関することは自分がやらねばならない、だから会社を辞めることはできない、そんな気持ちだったのでしょうか。

 山崎前社長が在宅起訴された理由は、
事故現場が急カーブに付け替えられた1996年当時、山崎前社長は常務取締役鉄道本部長で、神戸地検は「カーブの危険性を認識できたのに、経費の増大を懸念し、自動列車停止装置(ATS)を設置しなかった」と、不作為の過失があったとしたためです。

 世間の常識であれば、安全担当で復帰した人物が業務上過失致死傷罪で起訴された時点で「辞任」でしょう。また、今回の漏洩事件の経緯をみていても当然「辞表」の提出でしょう。それが、「進退伺」なのですから、JR西日本の感覚が世間とずれているとしか思えません。

?

 皆様の励ましのクリック →?  本当にありがとうございます。
(現在、携帯でみるとバナーが表示されないケースもあります。そのさいはリンク先と表示された部分をクリックするかもしくはhttp://blog.with2.net/link.php?737084をクリック願います。
会社や家庭から上記のバナーを一日に一度クリックすることでポイントがカウントされてます。 ポイントの反映には30分~1時間ほどかかります)

Think! ITで元気をサポート 有限会社シンク 小椋俊秀