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拓銀破綻の原因 信用不安

2009年12月27日 日曜日

*12月26日、27日の両日、プロバイダの不調によりブログが閲覧できない状況がありました。
ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。

昨日12月26日の「拓銀破綻の原因 組織体制」にひきつづき
立命館大学の「立命館経営学」第41巻第5号(2003年1月)に掲載されている、服部泰彦さんが書かれた「拓銀の経営破綻とコーポーレート・ガバナンス」 (http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/415_01.pdf)を参考に考えたいと思います。

拓銀破綻の原因の二番目には「信用」があげられます。

拓銀破綻の直接の原因は、資金繰りがつかなくなったことにあります。
拓銀が乱脈融資による不良債権を過小に公表する努力をしても、市場やマスコミはそれを見透かし、拓銀の株価は下落し続けました。
預金者も預金の引出しに走り、本州店舗だけではなく道内店舗でも預金流失が広まりました。
本業での資金繰りがつかなくなりはじめた拓銀はコール市場で資金をつないでました。

コール市場とは、金融機関同士が短期間(最短では当日)の貸し借りをする市場です。
当時、金融機関が借りたお金を返せないという事態は考えられなかったのですが、
それが、1997年(平成9年)11月3日、三洋証券が倒産し、10億円が翌日にデフォルト(返済不履行)となりました。
この結果、金融機関が金融機関を信用しない状況が発生しました。
そして、11月14日は拓銀が大蔵省に準備預金を納める期日だったのですが、コール市場で借りることができず、完全に資金繰りが絶たれたのです。

拓銀は週末を挟んで、1997年(平成9年)11月17日月曜日午前8時20分に北洋銀行などへの営業譲渡を発表しました。

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 拓銀破綻後、大学時代の先輩で破綻時に拓銀の支店長をしていた人の話を聞いたことがあります。深夜自宅に明日の朝は早朝出勤するようにとのファックスが入ったとのことです。
先日、「小樽商科大学エバーグリーン講座「金融庁と金融検査」」で紹介したTさんは当時経営企画部に属していて、同じ部屋でそのファックス文書を作成していたとのことです。

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拓銀破綻の原因 組織体制

2009年12月26日 土曜日

北海道拓殖銀行はなぜ破綻したのか。
経営のありかたを考える上でも、また北海道に暮らすものとしてもよく検証すべき問題だと思います。

立命館大学の「立命館経営学」第41巻第5号(2003年1月)に掲載されている、服部泰彦さんが書かれた「拓銀の経営破綻とコーポーレート・ガバナンス」 (http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/415_01.pdf)を参考に考えたいと思います。

まず、時代背景を確認しておきたいと思います。
バブル景気とは1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの4年3ヶ月間をさすのが通説だそうです。

破綻は複数の原因からなるものと考えられますが、まず第一に拓銀内の組織の問題があります。

1980年代後半の拓銀は、鈴木茂頭取のもと、インキュベーター新興企業新興)路線が導入され、その陣頭指揮をとったのが札幌における業務本部長の佐藤安彦専務でした。それまで慎重で臆病とよばれた拓銀の地元企業との付き合い方が一変し、北海道の金融界に「たくぎん旋風」を巻き起こしたとこのことです。

1990年10月には拓銀は21世紀ビジョンをスタートさせ、新設された総合開発部担当役員である海道弘司常務が、佐藤さんのあとをついで陣頭指揮をとったとのことで、その時、鈴木さんは会長、佐藤さんは副頭取で、この三人の頭文字をとってSSKトリオと呼ばれたそうです。

このSSKトリオに逆らうと、主流にいた幹部でさえも閑職に追いやられるなどの人事が横行し、物言えぬ状況になったとのことです。

その当時の頭取が山内宏頭取ですが、SSKの行動をただ見ていただけとの話を聞きます。

京セラ名誉会長、経営者の勉強会盛和塾の稲盛和夫塾長は「全員参加の経営」と常に言われてます。
この良識ある行員が意見を言えなくなった社内体制が、破綻原因の一因としてあげられるでしょう。

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拓銀破綻の原因

2009年12月25日 金曜日

 12月24日の「人生の浮き沈み」や12月22日の「小樽商科大学エバーグリーン講座「金融庁と金融検査」」でふれた、北海道拓殖銀行の破綻ですが、経営者の考え方や、企業はどうあるべきなのかという問題を考えるにあたり、貴重な事例になると感じました。

 そのため、拓銀が破綻にいたる経緯をインターネットでいろいろ調べていたら、しっかりとその経緯と背景が書かれ分析された論説を見つけました。

 立命館大学の「立命館経営学」第41巻第5号(2003年1月)に掲載されている、服部泰彦さんが書かれた「拓銀の経営破綻とコーポーレート・ガバナンス」です。
 (http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/415_01.pdf

 簡単に要約すると、

・1970年代の金融自由化により、金融の証券化や、利ザヤの保障がなくなり、貸出先の開拓に迫られていた。
・都市銀行最下位行であったが、さらに上位行との差を広げられてきた。
・それまで大蔵省からの天下りの頭取だったのが、1977年に五味彰氏、さらに1983年には鈴木茂氏と生え抜きの頭取が続いた。
・そのようなよう状況下、鈴木頭取のもと、「都銀最下位行脱出」を目指した拡大路線がとられた。
・すでにある大企業は他行に占められ、北海道内の基幹産業は衰退する中、新興ベンチャー企業を自ら育てるしかないとのことで、「インキュベーター(新興企業新興)路線」が1980年代半ばから採用された。
・当時、経済はバブル期で、リゾート開発が大ブームになっていたので、観光、建設、不動産といった業種が中心となった。

このような経緯で、ソフィア中村グループ(理美容、テルメなど温浴施設・ホテル)やカブトデコム(建設、エイベックスなどホテル)への融資が始まったようです。

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 ここまでの流れはまだ納得できる流れなのですが、 「インキュベーター(新興企業新興)路線」の具体的な展開や、その後の対応方法を知ると、拓銀自ら破綻に突進しているように思えてきます。そのへんの話は、明日に続けたいと思います。

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小樽商科大学エバーグリーン講座「金融庁と金融検査」

2009年12月22日 火曜日

 本日、小樽商科大学においてOBによる在学生のための「エバーグリーン講座」が開催されTさんが「金融庁と金融検査」とテーマで講演されました。

 Tさんは、昭和58年小樽商科大学を卒業し、北海道拓殖銀行入行、平成10年同行解散のため退社し日立製作所入社、平成16年同社を退職し、金融庁へ入り現在、特別検査官をされています。

 エバーグリーン講座では、金融庁の役割や仕事内容などを説明されましたが、その前段のたくぎん時代の話がTさん自身の人生のベースにもなる話しで大変興味深いものでした。

  たくぎんでは、平成2年から総合企画部で仕事をされていましたが、この総合企画部という部署が銀行の経営計画を立案したり検証したりする部署で、銀行のあらゆる情報があつまってくる部署とのことでした。

 その部署で働き、気づいたことは、土地だけをたよりにした無謀な融資の量だったそうです。バブル時代の土地神話にのっかてどんどんと融資を拡げた結果、バブルがはじけ不良債権の山となった、そんな状況です。当時の新興企業に、その経営者の器以上の経営に融資をしてしまっていた、講演のあとにはそんな話もされていました。

 心ある行員が当時の暴走気味の積極策に警鐘を鳴らそうと具申しようとしても、「銀行の方針に従わないのか」的な圧力によって沈黙させられてしまう状況にあったそうです。

 現在、金融庁検査局総務課特別捜査官として、そうした過去の体験を踏まえ、金融機関に立ち入り検査し、経営管理体制の検証をする仕事をしているそうです。

(Tさんとは学生時代同期で、講演後ついつい学生時代を思い出し朝まで飲んでたため、ブログの更新が遅くなりました。お詫びいたします。)

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