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ひとの記憶

2019年5月26日 日曜日

昨日のブログでは、私が中学生の頃に読んだ北杜夫の本『あくびノオト』に載っているエッセイ「彼は新しい日記帳を抱いて泣く」から心のガラス玉の話を書きました。

先週、お得意先の全体会議でこの話をしたところ、会議後この話を聞いていた同年代の人から自分もそれを読んで記憶に残っている、タイトルは「彼は新しい日記帳を抱いておぎゃーと泣く」ではなかったろうかとの話がありました。

昨日ブログに書いた後気になり、キンドルで購入し読み直してみました。
タイトルは「彼は新しい日記帳を抱いて泣く」でしたが、患者の彼はことがあると「オギャアオギャア」と泣く様子が書かれていました。

読み返してみるとガラス玉の話はこのエッセイのごく一部であり、ひとの記憶とはずいぶんあいまいなものだと思った次第です。

このエッセイのサブタイトルは「1960年6月10日ころ」で、今から60年近く前の話です。その内容がこのように思い出されて人々の話題にのぼるというのも凄いことだと思います。

まあ、そう考えれば2500年以上も前の孔子の話はもっとすごい話なのですが。

話は変わりますが、ひとの記憶というものは、自分に都合の悪いことは考えない、忘れてしまうものだなとも最近思うのですが、この話はまた別の機会にしたいと思います。

 

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心のガラス玉

2019年5月25日 土曜日

中学生のころに読んだ北杜夫の本に、人は皆それぞれのガラス玉に入っている、小さな曇ったガラス玉に入っている人もいれば、大きく透明なガラス玉の人もいて、見えている世界も違う、そんなことが書かれていた記憶があります。

このことはときどき思い出され、それが、どの本にどのように書かれていたのかが気になっていたのですが、最近、調べてみてわかりました。

北杜夫『あくびノオト』新潮社、1961年(読んだのは新潮文庫 1975年版)に収録されているエッセイ「彼は新しい日記帳を抱いて泣く」

精神病院にいる患者の次のようなセリフがありました。
「でもねえ、僕は丸いガラスみたいな球の中に住んでいる。その中のことしかわからない。ときどき、外の世界がガラス球に映る。そうすると、僕は一生けんめい考える。でも、あんまり沢山は映らないんだ。なにしろ僕のガラス球はとっても小さくて曇っているんでねえ」
これに対し、北杜夫はガラス玉にいるのは精神病患者だけではないというようなことを書いていた記憶がありました。

世の中にはいろいろな人がおり、その人のその人のガラス玉の様子がついつい気になります。また、自分のガラス玉が曇っているといわれないように磨いていかなくてはと思うのです。

 

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心を高め、経営を伸ばす 2.人生の目的

2012年3月26日 月曜日

 京セラ創業者で、経営者の勉強会「盛和塾」を自ら主催する稲盛和夫さんの言葉に、「心を高め、経営を伸ばす」というのがあります。今週はこの言葉の意味、背景について説明していきます。

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 自分の意志とは関係なく、体ひとつで生まれてきて、そして何も持たずに死んでいく、人生とはそんなものです。この人生とは何のためにあり、どう生きるべきなのでしょう。

 結論を先に述べると、盛和塾では「心を高める」ことが人生の目的だという稲盛和夫塾長の教えを学びます。

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 人生の目的というと思い出すことがいくつかあります。

 昔読んだ、北杜夫のエッセイに次のような記述があったと記憶しています。

 人はだれも曇ったガラスの球の中に入っていて、その曇ったガラスを通して外の世界を見ているというような内容で、人生はその曇ったガラスを磨くことなんだろうなと思いました。

 また、井上靖の言葉に、「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」というのがあり、私の座右銘のひとつになっています。

 さらに、私の中学校時代の国語の教師であった遠藤先生は、「人生いかに生きるべきかが書かれているものが小説であり、芸術だ」と話されていたのが頭に残っています。

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 ガラス球を磨く努力、そして芸術に昇華される人生、稲盛塾長のお話を聞くと、この二つの関連性がわかります。
明日はその話をします。

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