2012年4月 のアーカイブ

経営理念の作り方 2.何のために経営しているのか

2012年4月30日 月曜日

 中小企業家同友会全国協議会から「21世紀型企業づくりの決め手 経営指針作成の手引き」という冊子があります。そこに経営理念を作るのに役立つ経営理念作成シートというものが紹介されており、それは次の6つの問いに答える形になっています。
1.何のために経営しているのか
2.わが社の固有の役割は何か
3.大切にしている価値観人生観
4.顧客・取引先・仕入先に対する基本姿勢
5.社員に対する基本姿勢
6.地域社会や環境に対する基本姿勢

 今日は、まず1。何のために経営していのか、について考えます。

 京セラ創業者の稲盛和夫さんは自社の経営理念の生い立ちを次のように語ります。
以前の会社で認められなかった「稲盛和夫の技術を世に問う会社」として京セラ(京都セラミック)を作ったが、創業2年目に新卒で雇った高卒達が将来の昇給や賞与の保証を求め血判状を持ってきて連日の話し合いとなった。自分の技術を世に問う場として作った会社が、従業員を雇ったばっかりに、従業員の生活を保証しなければならなくなった。そして次のように経営理念が変わった。
「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

 北海道中小企業家同友会札幌支部の経営指針委員会が毎年行う経営指針をつくるための勉強会、経営指針研究会にサポータとして参加して3年目になります。その間多くの経営者から1の問いに対する答えを聞いてきました。

 その内容を大別すると、自分のためのという利己的なもの、世のため、人のためのという利他的なもの、家族や従業員のためというその中間的なものが含まれることもありますが、大きくは利己、利他の二つに分かれます。
上記の稲盛和夫さんの場合は利己的な理由が利他的な理由に変わったものですし、昨日の「経営理念の作り方 1.経営に理念が必要な理由」にある「会社は社会の要求に応えるためにある、自社はどのような社会の要求に応えるのか」ということを考えても、経営の目的は利他的なものである必要があります。

 上で紹介した「経営指針作成の手引き」では、この項を考えるにあたり、「利益をどう考えるか」が大事だと述べ、次のように書いてあります。
「私達経営者は何らかの社会的貢献を目指して経営を行なっているのです。利益はその社会的貢献の結果与えられるものであり、またその社会的貢献をはたすための原資であると認識することが大切です。」

 利益を社会的貢献の原資と考えることができるということは、その経営が社会的貢献のために行われているということです。

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経営理念の作り方 1.経営に理念が必要な理由

2012年4月29日 日曜日

 先週、「経営に理念が必要な理由」について書きました。

 簡単にまとめると、
1.会社は社会の要求に応えるためにある、自社はどのような社会の要求に応えるのか
2.経営者は会社の目的を達成するために存在し、会社の目的の象徴である
3.管理者は地震や部下の意思決定や行動を組織の目的に合致させなければならない
4.現場においてもタテヨコのコミュニケーションを密にし、その時々に自身の判断で組織の目的にあった行動を求められる
このようなことが必要であるため、経営理念が必要であるといえるでしょう。

 では、どのようにして経営理念を作るのか、今週はこのことについて考えてみます。

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経営に理念が必要な理由

2012年4月29日 日曜日

 先週末、北海道中小企業家同友会札幌支部第9期経営指針研究会の一泊研修会がありました。金曜の午後から始まった研修は、9期参加者からの経営理念作成シートに基づく経営理念発表が夕食まで続きました。「何のために経営しているのか」というシートの問いに対して、「自分のため」という利己的な理由、、「お客さんや取引先のため」、「社会のため」という利他的な理由、「社員のため」というその中間的な理由があがっていました。

 懇親会でアルコールの入った後、全員が一部屋に集まり2次会となったのですが、たまたまのひょうしで私が進行役となり、日中行われた発表の深堀をする流れとなりました。9期は19社の代表が3つのグループに分かれて研究会を開いていますが、そのグループから代表を選んで、全員からの質問を受けそれに答えるという形で質疑応答が始まりました。アルコールも入っていますので、無礼講で思ったことを言えます。進行役の権限で私が各グループからの代表を選びましたが、その基準は、「何のために経営しているのか」の問いに利己的な答えをしていた人です。

 12時までじっくりやりとりができたのですが、各代表者の会社の実情がしっかり伝わり、なぜそのような「自分のため」という利己的な理由であったのかが共有できました。しかしながら、私の意図した、利己的な理由ではいけないのではないかという気づきには至らなかった様子です。

 翌日の午前中は、アイ・ティ・エス株式会社の柏崎俊雄相談役による講演と、それを受けてのグループ討論を行いました。
柏崎さんの話では、「知識ビジョン」、「場」、「クリエイティブ・ルーチン」という概念、「ネットワーク型リーダーシップ」というものの説明がありました。この話を受けてのグループ討議で気づきが生まれました。

 企業誌に掲載された野中郁次郎さんの「知識を創造しつづける企業とは」という記事をテキストに使いましたが、それには、こう書かれています。

 知識創造の一般原理「SECI」モデルを推進していく要因として、「知識ビジョン」、「場」、「クリエイティブ・ルーチン」の三つが考えられる。

 「SECI」モデル:暗黙知と形式地が相互に変換されながら、個人と組織の間を循環し、スパイラル状に増幅していく一連のプロセス。

 知識ビジョン:競争相手との相対価値ではなく、「われわれは何のために存在するのか」という根本的な問いから構想される高い理想や絶対価値を問う経営ビジョン

 場:知が循環・増幅する、特定の場所・時間・人との関連性という「共有された文脈」に成立するもの。典型例としては、成長と消滅が自在のプロジェクトチーム。

 クリエイティブ・ルーチン:絶えざる自己革新をともなう創造的な実行力。日本の伝統的な「型」というコンセプト。

 知識ビジョンを経営理念、クリエイティブ・ルーチンをPDCAを実践する日常活動、場は文字通りそれらが行われる場として考えてみましょう。

 管理会計という学問の世界では、経営は計画と統制という二つの概念で説明されてましたが、1965年アンソニーという学者がマネジメント・コントロールという概念を発表しました。

 計画と統制という世界は、いわば野球型経営です。監督が、「バントをしろ」、「待て」、「盗塁しろ」、「走るな」など、1球ごとに指示を出し、選手はその指示に従います。高校野球はその典型で、監督の指示に逆らい自主的な判断で行動してはレギュラーの座から下ろされるでしょう。

 マネジメント・コントロールはサッカー型経営で必要となってきます。サッカーの場合、ゲームが進行してしまえば、監督は指示をだせません。刻々と変わる状況に対してどう対応するか、どうしてもフィールドにいる選手たちの判断にまかせるしかありません。しかし、判断を任せたかたといって選手の勝手に進めて良いわけではなく、監督が示したチームの方針に沿った判断をするように、判断を任せなければなりません。これがマネジメント・コントロールです。

マネジメントコントロール

 この図はマネジメント・コントロールを説明するために私が使う図で、右側はアンソニーが発表した図で、左側の「管理会計における基本のPDCAサイクル」の図の出典は、「エッセンシャル管理会計」(谷武幸 中央経済社 2011年 2940円)です。

 経営トップは、戦略計画を練りますが、それは経営方針(経営理念・方針)・経営戦略とそれに基づく長期経営計画(3ヶ年計画)であり、ミドル層(管理者層)はそれを踏まえた単年度計画を練り、現場の活動がそれに沿うよう統制します。ロアー層(現場レベル)では、定まった手順にのっとった仕事を行いながら、計画との差異を調整します。

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 これに、トップからロアーまで知識ビジョンが浸透し(赤い線)、絶えざる自己革新をともなう創造的な実行力であるクリエイティブ・ルーチンのPDCAがしっかり回っている(青い円)、そのような場がサッカー型経営のフィールドになります。

サッカー型

 サッカー型経営では、監督が示す理念のもと、フィールド内では自主的な判断が求められますが、これを現場でリードしていくのがキャプテンであり組織のミドル層にあたります。また、フィールドにいる全員が監督やリーダーを見ながら時々の自己の判断が必要となり、全員にリーダーシップが要求され、野中郁次郎さんはこれをネットワーク型リーダーシップと名づけています。

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 今、1965年に発表されたアンソニーのマネジメント・コントロールという概念を説明しましたが、1990年代にはサイモンズという人が「4つのコントロール・レバー」という概念を発表しました。

 組織を動かすには、
1.信条のシステム
2.事業倫理境界のシステム
3.診断型のコントロール・システム
4。双方向のコントロール・システム
という4つの仕組みが必要だといっています。

 信条のシステムとは、経営ビジョン・理念であり、組織の目的を明確にすることです。
組織は信条のシステムの示す方向に進みますが、その際に何をしても良いわけではありません。して良いこと、してはいけないことがあります。組織の行動に縛りをつけるのが事業倫理境界のシステムです。
診断型のコントロール・システムとは目標に沿った行動がとれているかどうか診断・確認する仕組みです。
組織の上位層と下位層とで双方向の情報交換の仕組みがあり、組織の学習を促しさらなる発想や戦略をうみだそうというのが双方向のコントロール・システムです。

 アンソニー、野中郁次郎、サイモンズと組織に関する考えを見てきましたが、経営に理念がなければ話が始まらないことがよくわかります。

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 「管理会計の基礎」(溝口一雄 中央経済社 1987 3150円)には、企業と経営者について次のように書かれています。

 まず、企業については、
 「企業は社会がそれに何かを求めて生まれたものである。この社会が要求する目的に応えなければならない」
とあります。

 そして、経営者についは、
「資本主義の初期の企業は個人企業であって、企業家と経営者が一体であった。」、「経営規模も小さく、経営の管理もまったく企業者の個人的な能力に依存した、主観的で非システマティックなものであった。」
「経営者は何のために行動しているのかといえば、企業をめぐるいろいろな利害関係をもった集団の利害をまとめ上げ、これらを調整しながら、企業の本質的な目的を追求していくものだといえる。」、「経営者というのは、企業の精神を象徴しているといっても過言ではない。」
「「経営者」は、経営管理の主体なのであって、企業経営の目的を遂行することをその役割としている。」
などと書かれています。

 企業は社会の要請に応えるためにあり、経営者は企業の目的を実現させる役割を持ちます。世のため人のためという利他の心に基づいた経営理念の確立がなければ企業経営は始まりません。

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経営に理念が必要な理由 6.企業と経営者の役割

2012年4月27日 金曜日

 「管理会計の基礎」(溝口一雄 中央経済社 1987 3150円)には、企業と経営者について次のように書かれています。

 まず、企業については、
 「企業は社会がそれに何かを求めて生まれたものである。この社会が要求する目的に応えなければならない」
とあります。

 そして、経営者についは、
「資本主義の初期の企業は個人企業であって、企業家と経営者が一体であった。」、「経営規模も小さく、経営の管理もまったく企業者の個人的な能力に依存した、主観的で非システマティックなものであった。」
「経営者は何のために行動しているのかといえば、企業をめぐるいろいろな利害関係をもった集団の利害をまとめ上げ、これらを調整しながら、企業の本質的な目的を追求していくものだといえる。」、「経営者というのは、企業の精神を象徴しているといっても過言ではない。」
「「経営者」は、経営管理の主体なのであって、企業経営の目的を遂行することをその役割としている。」
などと書かれています。

 企業は社会の要請に応えるためにあり、経営者は企業の目的を実現させる役割を持ちます。世のため人のためという利他の心に基づいた経営理念の確立がなければ企業経営は始まりません。

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経営に理念が必要な理由 5.4つのコントロール・レバー

2012年4月26日 木曜日

 「経営に理念が必要な理由 3.野球型経営とサッカー型経営」で1965年に発表されたアンソニーのマネジメント・コントロールという概念を説明しましたが、1990年代にはサイモンズという人が「4つのコントロール・レバー」という概念を発表しました。

 組織を動かすには、
1.信条のシステム
2.事業倫理境界のシステム
3.診断型のコントロール・システム
4。双方向のコントロール・システム
という4つの仕組みが必要だといっています。

 信条のシステムとは、経営ビジョン・理念であり、組織の目的を明確にすることです。
組織は信条のシステムの示す方向に進みますが、その際に何をしても良いわけではありません。して良いこと、してはいけないことがあります。組織の行動に縛りをつけるのが事業倫理境界のシステムです。
診断型のコントロール・システムとは目標に沿った行動がとれているかどうか診断・確認する仕組みです。
組織の上位層と下位層とで双方向の情報交換の仕組みがあり、組織の学習を促しさらなる発想や戦略をうみだそうというのが双方向のコントロール・システムです。

 アンソニー、野中郁次郎、サイモンズと組織に関する考えを見てきましたが、経営に理念がなければ話が始まらないことがよくわかります。

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経営に理念が必要な理由 4.サッカー型経営に必要なこと

2012年4月25日 水曜日

 昨日の「経営に理念が必要な理由 3.野球型経営とサッカー型経営」で、野球型の経営とサッカー型の経営の説明をしましたが、組織が大きくなったり、業務が複雑化してくると野球型の経営では限界があります。どうしてもサッカー型経営に移行しなければなりません。そのサッカー型の経営に移行するには、一昨日の「経営に理念が必要な理由 2.知識ビジョン、場、クリエイティブ・ルーチン」で説明した、知識ビジョン、場、クリエイティブ・ルーチンという概念が必要になってきます。

 昨日紹介した図がこれですが
マネジメントコントロール
これに、トップからロアーまで知識ビジョンが浸透し(赤い線)、絶えざる自己革新をともなう創造的な実行力であるクリエイティブ・ルーチンのPDCAがしっかり回っている(青い円)、そのような場がサッカー型経営のフィールドになります。

サッカー型

 サッカー型経営では、監督が示す理念のもと、フィールド内では自主的な判断が求められますが、これを現場でリードしていくのがキャプテンであり組織のミドル層にあたります。また、フィールドにいる全員が監督やリーダーを見ながら時々の自己の判断が必要となり、全員にリーダーシップが要求され、野中郁次郎さんはこれをネットワーク型リーダーシップと名づけています。

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経営に理念が必要な理由 3.野球型経営とサッカー型経営

2012年4月24日 火曜日

 管理会計という学問の世界では、経営は計画と統制という二つの概念で説明されてましたが、1965年アンソニーという学者がマネジメント・コントロールという概念を発表しました。

 計画と統制という世界は、いわば野球型経営です。監督が、「バントをしろ」、「待て」、「盗塁しろ」、「走るな」など、1球ごとに指示を出し、選手はその指示に従います。高校野球はその典型で、監督の指示に逆らい自主的な判断で行動してはレギュラーの座から下ろされるでしょう。

 マネジメント・コントロールはサッカー型経営で必要となってきます。サッカーの場合、ゲームが進行してしまえば、監督は指示をだせません。刻々と変わる状況に対してどう対応するか、どうしてもフィールドにいる選手たちの判断にまかせるしかありません。しかし、判断を任せたかたといって選手の勝手に進めて良いわけではなく、監督が示したチームの方針に沿った判断をするように、判断を任せなければなりません。これがマネジメント・コントロールです。

マネジメントコントロール

 この図はマネジメント・コントロールを説明するために私が使う図で、右側はアンソニーが発表した図で、左側の「管理会計における基本のPDCAサイクル」の図の出典は、「エッセンシャル管理会計」(谷武幸 中央経済社 2011年 2940円)です。

 経営トップは、戦略計画を練りますが、それは経営方針(経営理念・方針)・経営戦略とそれに基づく長期経営計画(3ヶ年計画)であり、ミドル層(管理者層)はそれを踏まえた単年度計画を練り、現場の活動がそれに沿うよう統制します。ロアー層(現場レベル)では、定まった手順にのっとった仕事を行いながら、計画との差異を調整します。

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経営に理念が必要な理由 2.知識ビジョン、場、クリエイティブ・ルーチン

2012年4月23日 月曜日

 昨日紹介したように、経営指針研究会一泊研修会でのアイ・ティ・エス株式会社の柏崎俊雄相談役による講演では、、「知識ビジョン」、「場」、「クリエイティブ・ルーチン」という概念、「ネットワーク型リーダーシップ」というものの説明がありました。

 企業誌に掲載された野中郁次郎さんの「知識を創造しつづける企業とは」という記事には、こう書かれています。

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 知識創造の一般原理「SECI」モデルを推進していく要因として、「知識ビジョン」、「場」、「クリエイティブ・ルーチン」の三つが考えられる。

 「SECI」モデル:暗黙知と形式地が相互に変換されながら、個人と組織の間を循環し、スパイラル状に増幅していく一連のプロセス。

 知識ビジョン:競争相手との相対価値ではなく、「われわれは何のために存在するのか」という根本的な問いから構想される高い理想や絶対価値を問う経営ビジョン

 場:知が循環・増幅する、特定の場所・時間・人との関連性という「共有された文脈」に成立するもの。典型例としては、成長と消滅が自在のプロジェクトチーム。

 クリエイティブ・ルーチン:絶えざる自己革新をともなう創造的な実行力。日本の伝統的な「型」というコンセプト。

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経営に理念が必要な理由 1.何のために経営するのか

2012年4月22日 日曜日

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 懇親会でアルコールの入った後、全員が一部屋に集まり2次会となったのですが、たまたまのひょうしで私が進行役となり、日中行われた発表の深堀をする流れとなりました。9期は19社の代表が3つのグループに分かれて研究会を開いていますが、そのグループから代表を選んで、全員からの質問を受けそれに答えるという形で質疑応答が始まりました。アルコールも入っていますので、無礼講で思ったことを言えます。進行役の権限で私が各グループからの代表を選びましたが、その基準は、「何のために経営しているのか」の問いに利己的な答えをしていた人です。

 12時までじっくりやりとりができたのですが、各代表者の会社の実情がしっかり伝わり、なぜそのような「自分のため」という利己的な理由であったのかが共有できました。しかしながら、私の意図した、利己的な理由ではいけないのではないかという気づきには至らなかった様子です。

 翌日の午前中は、アイ・ティ・エス株式会社の柏崎俊雄相談役による講演と、それを受けてのグループ討論を行いました。
柏崎さんの話では、「知識ビジョン」、「場」、「クリエイティブ・ルーチン」という概念、「ネットワーク型リーダーシップ」というものの説明がありました。この話を受けてのグループ討議で気づきが生まれました。

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明治維新と北海道

2012年4月21日 土曜日

 毎年4月になると入社式の様子がニュースになります。そしてトップの話が紹介されます。皆さん、口を揃えたように、激動の時代とか変革の時代と言います。
ここ数年穏やかな年が続いており、今年も昨年と変わらない年となるでしょう、などという挨拶は聞いたことがありません。

 このブログで何度も取り上げている「無常」ですが、常なるものが無いから無常であり、世の中は常に変化しているということです。
無常の世界にいるからには、目標をもって進んでいかないと、すぐに時代に流されてしまいます。

 日本の歴史を振り返ると、265年続いた江戸時代が明治維新により終わり、明治・大正・昭和と続く時代も、1945年の第二次世界大戦の敗戦により、日本はまた大きく変化しました。
明治維新から敗戦まで80年弱。敗戦から現在までが70年弱というところです。時代は40年周期で大きく変わるという説がありますが、もう10年くらいでまた日本が大きく変わるような気がしています。

 敗戦による変化は外からの力による変化でしたが、明治維新は日本の内からの変化でした。
考えてみると、士農工商という身分制度であったのに、一番上位の階級である武士という階層が無くなったのですから、これは本当に大変革だったといます。

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 士農工商という身分制度がなくなった明治維新の時、渋沢栄一は、これからは商人の時代になると信じ、武士に武士道があったように商人にも正しい倫理観がなければならず、またビジネスに関する正しい知識が必要だとし、商人を教育する学校が必要だと考え、その設立に奔走しました。それでできたのが官立の東京高等商業学校であり、現在の一橋大学です。

 その後、高等商業学校、略して高商は、大阪(府立)、神戸(官立)ができ、これらは後に商大となり、三大商大と呼ばれました。さらに、山口、長崎、小樽に官立の高商ができ、長崎、小樽、そして後にできた横浜の三校が三高商と呼ばれました。小樽高商ができたのが今から約100年前の1910年(明治43年)でした。

 一方、札幌には1876年(明治9年)に札幌農学校ができ、わずか8ヶ月ではありましたがクラーク博士が赴任し、開校2期目には、新渡戸稲造、内村鑑三らが入学しました。新渡戸も内村も武家の出身であり、武士という身分が崩壊し、これからは欧米の技術を身につけるしかないと考え、東京外国語学校で英語を学んだ後、札幌農学校へ入学しました。後に、新渡戸稲造は「武士道」を、内村鑑三は「代表的日本人」を英語で書き表しました。

 1880年(明治1年)には、新橋・横浜間、大阪・神戸間に続く、全国3番目の鉄道が札幌・小樽手宮間に開通しました。

 明治の時代、北海道は開拓者精神(フロンティアスピリット)に溢れていました。

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 北海道の開拓時代の様子をみると、函館は松前藩時代から開けてましたし、札幌、旭川、室蘭、滝川、根室などの北海道の開拓地は官主導であり、開拓使の「屯田兵」が主体となっていました。

 しかし、十勝・帯広の開拓にあたったのは、伊豆出身の依田勉三が作った民間会社「晩成社」でした。1881年(明治14年)に来道した依田勉三は、2年後の1883年(明治16年)から帯広に入植し開拓を始めます。
天候不順や野ねずみやイナゴの大群に襲われるなどの被害があり、開拓は思ったようには進みませんでしたが、小麦の栽培や酪農事業、そしてバターの生産など、今の十勝の礎となっています。

 「十勝モンロー主義」という言葉があります。モンロー主義とはアメリカの第5代のモンロー大統領がアメリカとヨーロッパは相互不干渉でいこうと言い出したものであり、十勝モンロー主義とは、他の地域とは関係なく、十勝は十勝の仲間で上手くやっていこうというものです。

 実際、他地区には沢山ある大手のチェーン店が帯広・十勝にはなかったり、帯広・十勝にしっかり根をはり営業している会社も多くあります。

・例えばスイーツ類、全国区の六花亭や柳月、最近下火ですが花畑牧場、全国区ではないけれどもスイートポテトで有名なクランベリーなど、帯広には有力なお菓子屋さん、そして小さな地場のお菓子屋さんも含めて共存しています。
・カレーなら地元の100年企業、藤森食堂系列のインデアンが店舗展開しており古くから愛されてます。
・同様に、焼き鳥なら「鳥せい」、焼肉なら「平和園」が地元で多店舗展開しており、地域にしっかり根付いています。
・北海道ではローカルチャンピオンの北海道新聞ですが、唯一苦戦している地域が、十勝毎日新聞社がある十勝です。
・帯広信金の十勝における預金シェアはほぼ50%、貸出シェアも高率でもちろん管内トップです。

 何もないところから街を作ろうとした依田勉三のDNAが流れているのでしょうか。

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 話を札幌農学校開校2期目の学生だった新渡戸稲造と内村鑑三に戻すします。
新渡戸稲造は、盛岡藩主の用心を勤めた新渡戸十次郎の三男として、1862年に生まれました。江戸から明治に変わったのが1868年で、この明治維新により武士という身分は無くなり、また幕府側であった盛岡藩の武士には明治政府の役人になる道はありませんでした。

 これからの世は、欧米に学び追いつき追い越すことだと考えた稲造は、東京外国語学校で英語を学び、そして札幌農学校へ進みます。その後、東京大学を経て、アメリカ、ドイツへ留学。札幌農学校教授から、台湾へ移り、その後、京都大学や東京大学の教授も兼任します。拓殖大学や東京女子大学の学長を務めるなどして、国際連盟の事務次長となります。

 この間、1900年に英語で書いた「武士道」(BUSHIDO: The Soul of Japan)が世界のベストセラーとなり、当時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルト(第二次世界大戦次のルーズベルト大嶺はフランクリ・ルーズベルトでもちろん別人です)は日本を知る良い本だと、知人たちに配ったそうです。

 台湾の総統を勤めた李登輝さんは新渡戸稲造を尊敬し、京都大学農学部へ新渡戸稲造の専門である農業経済を学びに行ったとのことです。

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 内村鑑三は高崎藩藩士の長男として生まれましたが、やはり明治維新で武士という身分がなくなり、生きていく道を新たに探さねばならぬ環境でした。
そして、新渡戸稲造のように英語を学び、札幌農学校の2期生として北海道に来ることになります。その後、アメリカ留学を経て、無教会主義を唱えるキリスト教思想家として活躍しました。

 その内村鑑三が1908年に書いたのが「Representative Men of Japan」(代表的日本人)という英語の本です。これは日本の文化や思想を世界に紹介する目的で、西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の五人の生き様を紹介したものです。

 中江藤樹は儒学を実践に活かそうという陽明学の学者ですし、二宮尊徳がたきぎ運びをしながら読んでた本は陽明学の本でした。?米沢藩主との上杉鷹山、薩摩藩士であった西郷隆盛には当然、武士道の精神があふれ、その武士道は儒学の影響を強く受けています。

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 明治維新というのは、近現代のわが国の歴史をみても、第二次世界大戦の敗戦と同じくらいの大変革でした。
変革というのは、変わって新しいものになることですから、今までにない何かに挑戦することになります。

 明治維新の大変革においては、未開の地だった北海道が新しい可能性の地として、開拓者精神を持つ者達が集まってきました。
日露戦争勝利、日韓併合などの時代背景や、炭鉱の開発なども北海道に人を集めた背景となるでしょう。

 まだキリスト教が認められない時代に、キリスト教をベースに倫理を教えたクラーク博士の精神が息づく札幌農学校からは、新渡戸稲造や内村鑑三など世界へ羽ばたく人材が輩出されました。
「論語と算盤」で有名な明治の大実業家、渋沢栄一は、士農工商の時代の次は、商の時代だということで高等商業学校設立に奔走し、東京高等商業学校(後の一橋大学)を設立しました。そして、官立5番目の高商が小樽高等商業学校(後の小樽商科大学)が設立され、多くの卒業生が実業家として活躍しています。

 明治時代の北海道は開拓者精神に溢れていたのもの思われます。

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