2009年12月25日 のアーカイブ

拓銀破綻の原因

2009年12月25日 金曜日

 12月24日の「人生の浮き沈み」や12月22日の「小樽商科大学エバーグリーン講座「金融庁と金融検査」」でふれた、北海道拓殖銀行の破綻ですが、経営者の考え方や、企業はどうあるべきなのかという問題を考えるにあたり、貴重な事例になると感じました。

 そのため、拓銀が破綻にいたる経緯をインターネットでいろいろ調べていたら、しっかりとその経緯と背景が書かれ分析された論説を見つけました。

 立命館大学の「立命館経営学」第41巻第5号(2003年1月)に掲載されている、服部泰彦さんが書かれた「拓銀の経営破綻とコーポーレート・ガバナンス」です。
 (http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/415_01.pdf

 簡単に要約すると、

・1970年代の金融自由化により、金融の証券化や、利ザヤの保障がなくなり、貸出先の開拓に迫られていた。
・都市銀行最下位行であったが、さらに上位行との差を広げられてきた。
・それまで大蔵省からの天下りの頭取だったのが、1977年に五味彰氏、さらに1983年には鈴木茂氏と生え抜きの頭取が続いた。
・そのようなよう状況下、鈴木頭取のもと、「都銀最下位行脱出」を目指した拡大路線がとられた。
・すでにある大企業は他行に占められ、北海道内の基幹産業は衰退する中、新興ベンチャー企業を自ら育てるしかないとのことで、「インキュベーター(新興企業新興)路線」が1980年代半ばから採用された。
・当時、経済はバブル期で、リゾート開発が大ブームになっていたので、観光、建設、不動産といった業種が中心となった。

このような経緯で、ソフィア中村グループ(理美容、テルメなど温浴施設・ホテル)やカブトデコム(建設、エイベックスなどホテル)への融資が始まったようです。

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 ここまでの流れはまだ納得できる流れなのですが、 「インキュベーター(新興企業新興)路線」の具体的な展開や、その後の対応方法を知ると、拓銀自ら破綻に突進しているように思えてきます。そのへんの話は、明日に続けたいと思います。

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